建築設計を仕事とする者として……愛知芸大建て替え問題に思うこと

奥村まこと


1.建築設計を仕事とする者として、今回のさまざまな矛盾のもとになっている要素は何なのだろうかと考えます。私の思うのは「設計という経済活動の内容」です。設計というものは、先ず「基本設計註」があり、その次に「実施設計」そして「現場監理」さらに「竣工後の保守(その中には修繕・改造・増築・改築が含まれる)」があります。しかし官庁の仕事はその組織の中にある「建築課」の役割が「現場監理」であることが多い。予算が正しくなく使われるのを防ぐため、ということらしいのです。しかし、設計の仕事として大きな部分である現場監理が出来ないとどうなるでしょうか。現場の人たちの仕事に対する誠意は完全に信頼していますが、何かの理由によって材料を変更したり寸法を変えたりしたい場合には設計者に相談してほしいのです。さらに竣工後に起こる様々なことに関しては殆ど設計者に相談がないのです。愛知芸大がそうでした。

建築家はもっとしっかり経済活動の中での自分の役割を自覚しないと、「よい建築」は出来ません。このことは世界共通の問題です。日本の場合でいえば、日本建築学会も日本建築家協会もDocomomo JAPANも、よい建築が生まれるための大切な要素である「設計者の責任=よい建築を作る条件」にもっと関心をもたなければならないと思います。具体的には設計契約(基本設計および実施設計)・工事監理契約・保守契約、という三段階の責任を確立することです。これらの「契約」ということは仕事を獲得するための方策ではありません。よい仕事をするための責任の確保です。註:吉村設計事務所の場合は実施設計まで考えた上での基本設計であります。

最近はやりの、ほんとの中身のわからないプロポーザルではありません。


  1. 2.ところが実際には、そこまで綿密な仕事をするのは面倒だ、または、経済活動上の利益を建設側と配分するために、設計の仕事の範囲を縮小しているように思えます。その為ばかりとは言えませんが、官庁の仕事も一般の仕事も、設計料が確保されずに現場監理の段階で解決する方法が見受けられます。設計をする者として恥ずべき行為であります。


  1. 3.日本の経済を動かしているのは誰でしょうか。財務省です。官僚が戦後に営々辛苦、構築してきた繁栄のための構造は、いまや殆ど完成しています。その証拠が原発の建設にはっきりと表れ、国民の知るところとなっています。先ず建設を企画する者は、「この建物は古くて使い物にならない」という判断を先生方にしてもらう。ヒアリングは少々片寄った解釈でまとめ、報告書が出来上がる。「新しい建物を作ればすべてが良くなりますよ」と使用者に言うと「そうですね」と建て替えに賛成するので「使用者の意見」としてまとめることが出来る。設計の案を作ってみて下さい、と頼めば設計を業務とする会社は喜んでなるべく大きな工事量の箱物を計画する。それらの流れの中には「建てないで直す」という考えが生まれる要素が全くありません。それが構築されている建設促進の方法なのです。この構造のうまいところは、責任の分散(雲散というべきか)が出来ることです。今行われている計画が実現されたとき、誰が建物の将来について責任をもつのか不明です。


  1. 4.どんな建物が大切で、壊さないで直して使うべきか。その評価をすることが出来るのは誰でしょう。一番の資格を持つのが、その建物に住んだり、そこで働いたり学んだりした人々です。評価の基準は、有名な建築家が設計したから大切である、ということではありません。その建物が生まれた理由、その環境、その自然との関わり方、そしてその使われ方、が優れているかどうかです。手入れや改修によって価値が高まることもあります。しっかり評価をすることで「評価が歴史を作る」と思います。


5.設計という仕事がすばらしいのは、あくまでも「もの」を作るのであって、人間の力関係や思惑は最終的に意味がないことです。出来上がった存在がすべてを物語ります。たとえ建設費用を出した人がその建物を所有していても、それは使用権であって、建物自身は社会的な「もの」です。誰が作ったのかわからない建物が自然に溶け込んですばらしい景色を作っているところが世界中に一杯あります。それでいいのです。気が付いた人が大切に扱えば、社会的な存在としてみんなの財産になります。技術的なことも芸術的なことも、そこにある「もの」を材料にして互いに話をすることが出来ます。抽象的な言葉のやりとりではなく、そこにある「もの」の現実のありようが話題の中心となります。「もの」は、人と人とを感情的な食い違いから解き放って話し合いが出来るようにしてくれます。だから「現場」は気持ちがいいのです。そうなってこそはじめて、自由な空気の中に「ものを大切に」という思想が生まれます。

2012/02/14