林英光名誉教授からのメッセージ
林英光名誉教授からのメッセージ
2011/11/28
提案書
この度、愛知芸大のキャンパス改修に際し、卒業生たちやマスコミ、建築士会、自然保護関係者などからの問題提起に対し、私は、大学側の対応や進め方に些か疑問を感じておりました。
また、卒業生たちのキャンパス保存に対する行動と熱意に心を打たれ、本学創立2年目から、デザイン教育を担当してきた教員として提案をさせて頂きます。
現在のような大学側の対応で計画を進めた場合、公的な芸術教育機関としての信頼が損なわれるおそれがあり、愛知県・愛知芸大・卒業生等に、負の痕跡が残ることが心配されます。
そこで、大学キャンパスの保存を求めている心ある卒業生たちや、吉村順三先生の設計協力者であった奥村東京芸大名誉教授、内外の世界的建築家や有識者の方々、そして社会からも共感を得るような先人の想いを未来へ繋ぐ「新しい愛知芸大の姿」となる道を探るため、私の考えを提案させて頂きます。
平成23年10月
環境ディレクター 愛知県立芸術大学名誉教授
林 英 光
大村秀章 愛知県知事殿 愛知芸大の先生方へ
マスタープラン作成委員会の有識者の先生方へ
「直指天」を見よ
現在愛知芸大の取り壊し改修は、国内外の有識者、専門家、卒業生たち、さらにマスコミ等の熱心な問題提起や異議を直視せず、県と大学幹部及び現職教員により、着々と進められていると多方面から聞き及んでいます。2007年度全体構想(2010年7月11日第1回「愛知県立芸術大学施設整備ビジョン検討会」配布資料)のプランを一瞥しただけでも、故吉村順三先生の作品と比べるまでもなく、そこには芸術性の片鱗も感じられない改造プランです。
「愛知芸大キャンパスの特徴と未来へのメッセージ」
一:愛知芸大は、関東と関西の文化の谷間である中部の文化の興隆を願い、故桑原幹根愛知県知事が半世紀も前に、未来の愛知県、中部地方のために、議会の強い反対を押切って創設に至った大英断の賜物である。県民及び愛知芸大教員一同は、その大なる業績に対し敬意を払い、後世に伝える努力をすべき貴重な財産である。
二:きわめて文化財の数少ない愛知県において、周辺環境と建築の調和した、国宝犬山城と愛知芸大のキャンパスは、世界の人々に見て頂くに値する、室町時代と現代の文化財の頂点にあり、かけがえの無い県の貴重な宝である。
三:伸びやかな東部丘陵の地貌を活かした、他に類を見ない空間の創造は、吉村順三先生の代表作であり、幾多の芸術家を育んできた優れた環境である。
四:愛知芸大より古い建築でありながら、取り壊しを回避出来た身近な例として、槙文彦氏設計の名古屋大学豊田講堂は、教官たちの熱意により、みごと修復に成功した。それは幾人ものノーベル賞受賞者を輩出した名古屋大学の依って立つ所以でもある。これに対し愛知芸大のキャンパスは、希少植物や幾つかの溜め池と、取巻く丘陵の稜線まで敷地とし、外部の構築物にも煩わされない環境は、地形を活かした建築群とともに景観的にも優れ、維持保存に値する。
この度の愛知芸大の問題は、価値ある文化財の保護と、機能的な教育施設の建設は分けて考えるべきでしょう。古くなり、使いづらいからと言って、優れた作品を損ねることは、世論を無視したバーミヤン石窟の大仏像の爆破と並び、後世に語り伝えられることになるでしょう。現在ドイツを中心に、瓦礫と化したその大仏像の復元運動が始まっています。愛知芸大の場合、既になし崩しにしてしまったことは仕方が無いとしても、この文化資産を大切に補修し、芸術文化の心の拠り所として様々に活用する方策を考え、未来に向けて守って頂きたいのです。
真理を追求し、美しいものを創造することが芸術家の仕事であり、文化を破壊することではありません。そして監督者にも大いに責任があり、先人の貴重な遺志と文化財を無にすることは、世界からも理解を得られないでしょう。偉大な芸術家の仕事に手を加え、例え部分改造であっても、設計協力者奥村東京芸大名誉教授の同意さえも得ず、思想も品格も芸術性も遥かに及ばないものに作り替えるのは、芸術に対する冒涜行為です。目先の利便性のために大切な心をも破壊し、危機遺産として後世に復興運動を起こすことになるのでは愚かなことです。破壊を選ぶのではなく、改めて機能本位の箱ものを別途考えるべきです。
今、世界にとって、旧き良きものの保存修復は大きなトレンドです。「復興は未来に対する責任である」と言う合い言葉と共に、命を懸けた教授や教え子たちによる、ワルシャワの歴史地区を美しくも奇跡的に復興させ、蘇えらせた音楽の国の心意気に、本学の音楽の先生方にもご理解を頂き、心を寄せて欲しいと思います。
今こそ、文化とは、芸術とは、芸術教育とは何か。原点に立ち戻り、知事の決断と教員一同の良心をもって、方向転換の勇気を示されることを、国内外の多くの人々と共に強く願っています。
「愛知芸大キャンパスの世界遺産登録を目指そう」
愛知芸大のキャンパスは、簡素な素材、造形、ヒューマンスケールにより、環境と調和した稀に見る美しい建築群です。半世紀も前に中部の文化や芸術に対し、創設者の桑原幹根知事の先見の明と熱意と、吉村順三先生の芸術と思想に改めて敬白の思いです。
フランク・ロイド・ライト、アントニン・レーモンド、吉村順三先生へと引き継がれた世界の建築史に残る系譜と、独自性のある空間構成の素晴らしさと、その価値を再確認し、世界遺産登録に向けて取り組んで行く時であろうと思います。
行政、教員、卒業生と共に手を携えて、当初の品格のある美しいキャンパスを、10年、20年懸けても復元再生し、愛知県での世界遺産にまで磨き上げる志と行為は、芸術教育の本質に迫り、学生たちも自ずと「芸術とはなにか」を学ぶことになるでしょう。
現愛知芸大の、建築・設備の老朽化に対しては別の形で解決方法を見いだし、芸術の本質とは何かを追求し、次世代に伝える教育に専念し、芸術を志す若者たちや、世界からも尊敬され、愛され、誇りを持てる愛知芸大の本来の姿の再生に向けて、大きく心を開き、未来に向けて前進しようではありませんか。