愛知県立芸術大学の新音楽学部棟の建設に関する要望書
愛知県立芸術大学の新音楽学部棟の建設に関する要望書
2011/07/06
愛知県 県民生活部学事振興課長
青木幹晴 様
愛知県立芸術大学の新音楽学部棟の建設に関する要望書
2011年7月6日
愛知県立芸術大学学生有志代表 佐野 聡
名古屋工業大学社会工学専攻 准教授 増田理子
愛知県立芸術大学キャンパスには海上の森から連なる東部丘陵地帯の自然環境が非常に良好な状態で現存しています.名古屋市の東部に広がる丘陵地帯には「東海丘陵要素」とよばれるこの地域に独特の生態系が形作られています.この自然を保護するため,過去には愛知万博で海上の森が開発地帯から除外されました.また,昨年開かれたCOP10ではこれらの東海丘陵要素を守るための企業,大学などの取り組みも紹介されました.
愛知県,名古屋市をはじめとする自治体ではこれらの自然を守る取り組みを実直に進め,環境都市としての認識を世界に広めているところです.また,愛知県立芸術大学も東部丘陵ネットワーク協議会に参加し,里山環境の保護についてシンポジウムにも主導的な立場で参加しています.
しかし,このたびの音楽学部校舎新築工事については環境アセスメント法の範囲外と言うことでアセスメントが行われませんでした.設置委員会においては複数の委員からアセスメントの必要性が指摘されました.それにもかかわらず,アセスメントが行われなかったと言うことは,アセスメントには非常に莫大な資金が必要とされる為であると理解しています.現在の仕分け事業にも代表される自治体の費用削減からもこれらのアセスメントを行うことが非常に難しいことであることを推察するのは難しくありません.そこで,愛知県立芸術大学の学生有志によるボランティアアセスメントを行い,この結果をここに提示させていただきます.幸いなことに愛知県立芸術大学は名古屋東部丘陵ネットワーク協議会にも参加しており,主導的な立場で活動しています.このため,多くの学生がこの自然に興味を持ち,ボランティアアセスメントに自主的に参加しました.
このアセスメントの結果から,環境影響をなるべく少なくするような形での開発をお願いしたいと要望させていただきます.また,愛知県担当部局様には,環境都市としての名前に恥じないような配慮をお願いしたいと思っております.
アセスメント
カンアオイ属の分布域調査
今回のアセスメントにおいては,ボランティアによる調査である.このため,すべての生物について調査することについては費用と時間を考慮すると困難である.そこで,森林の指標種とされるカンアオイ属植物についての分布を用いて,森林の成熟度についての指標とすることとした.
カンアオイ属植物は,アマチュアでも見分けがつきやすく,常緑であるため四季を通じて生存を調査することが可能である.個体の識別もしやすく,個体数のカウントが可能である.カンアオイ属植物については「植物の進化を探るー岩波新書」において前川文夫氏が,分散速度が遅く,1万年に1kmの距離しか移動できないという推定をしている.また,「蝶のきた道—蒼樹書房」において日浦氏がヒメカンアオイは大阪層群にミヤコアオイは基盤岩山地にそれぞれ分布することから,古い時代〜ほとんど分布域を拡大していないと推定される.上記の2文献は安定した環境が長期に維持されなければカンアオイ属は成育できないという根拠となりうる.
ここでは「カンアオイ属の分布」に絞って評価するが,それは雑木林の本来の価値のごく一部分にしかすぎないことをあらかじめことわっておく.以下の2点がかのアオイ属の分布域が評価することができる項目である.
1)雑木林としての環境が維持されてきた時間経過が長いと予想される.
2)安定した林床環境では雑木林に依存する生物種が豊富であることが予想され る.
本来のアセスメント調査であれば,生物相,植生,地質などの多岐にわたる調査が行われるのが普通であり,それらの膨大な調査データによって雑木林の価値が判断されることになる.カンアオイ属の分布調査は雑木林の価値のごくごく一部を表すにすぎないことは十分承知している.しかしながら,このささやかなボランティア調査の結果が示唆することについて議論することは有意義であると考えられる.この地域のカンアオイは分布からヒメカンアオイとスズカカンアオイ(写真1)が成育していることが知られている.
方法
建設予定地および,大学周辺部の森林を5mx5mのメッシュに区切り,1方形区とする.それぞれの方形区内のカンアオイ属植物の個体数をカウントする.個体数が10個未満,10から100未満,100個体以上の3段階で評価し,地図上にマッピングする.
調査は2011年7月6日に行った.
カウントについては個体数に信頼性を持たせるため,二人一組でカウントし,過大評価とならないよう少ない方の数を採用した.これらのデータは個体数を元にしたした3段階のオーダーで評価する.また調査域が重ならないよう,カウントした個体には,ポスカを用いてマーキングを行った.
以上のデータを大学周辺部の地形図にマッピングを行った.
結果と考察
調査の結果,以下のような結果が示された.図1は小集団,中集団,大集団を大学近辺の地形図にマッピングしたものである.この図ではわかりにくいため,図1をA,B,C,D,E,の5区画に分け,5mx5mのメッシュで表したのが図2,3である.図1のA区画のカンアオイの密度が最も高く,このA区画の森林が最も良い状態で保存されていることが示された.これは大学周辺部の他の地域よりも明らかに高い密度で生育している.このため,最も良い環境とされる地域への影響を避けることは名古屋東部丘陵ネットワーク協議会に参加している愛知県立芸術大学の方針としても重要ではないだろうか?また,地元のコンセンサスを得る上でも非常に重要であると考えられる.
先日の議会では知事が開発を行った際には別の場所の生態系の回復を図るという様な発言をされていたが,生態系の回復とは100年オーダーでかかることを認識する必要がある.特にカンアオイ属植物が生育する場所は,開発すれば回復に数百年を要するような影響を及ぼすことになる.
音楽棟建設が回避できないのであれば,これらの生態系の保護を行いつつ建設を行う必要性がある.移植すればいいという問題ではなく,環境の指標種として数百年の安定した環境が無ければこれらの生物が成育できないという事を認識することが重要である.
写真1.大学構内に成育するスズカカンアオイ
図1.
愛知県立芸術大学周辺部のヒメカンアオイ,スズカカンアオイの個体数分布.1方形区(5mx5m)あたりの個体数を3段階で表示.大円は100個体以上,中円は10個体以上100個体未満,小円は10個体未満を表し,円がないところには分布は認められなかった. A区画は新音楽学部棟建設予定地を示している.
図2.
A区画を5mx5mに区切り個体数をカウントしたものを図示した
図3.
D区画を5mx5mに区切り個体数をカウントしたものを図示した.
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