愛知芸大を訪ねて 近藤高史先生原稿
愛知芸大を訪ねて 近藤高史先生原稿
2009/06/28
愛知芸大を訪ねて 2009.6.28. 近藤高史
2007年の春、吉村ギャラリーで愛芸の学生さんと思いがけず出会い、その縁で今回自治会の皆さ
んからアンケートの結果を伝えられ、何か書くように言われましたのでキャンパスの維持について少し
お話をさせて頂くことにします。
私は愛知芸大の第2期工事(1986-1991)で、吉村順三設計事務所のメンバーとして建築設計監理を
担当したものの一人です。たまたまこの4月に久し振りにキャンパスを訪ね、皆さんと初めてお会いす
ることができ、いろいろお話を聞くことができました。
新しくできたリニモに乗って訪ねたキャンパスは、予想以上に緑が成長し、建物は思ったとおり年を重
ねていました。キャンパスを歩いていると、ここで過ごした多くの先輩たちの足跡が伝わってきました。
全くの部外者でありながら、学内の皆さんと同じ屋根の下で初めてお話をすることができ、建築をつくる
人間としてとても幸せに思いました。
現場監理で5年間通った時は、ここに集う人たちと話をする機会もなく、ただ県のお役人の指示どうり
に準備を重ね、動き回るしかありませんでした。そこで今回皆さんにお会いして是非伝えたいことを、お
話させていただければと思います。
このキャンパスを設計する当初、設計者の吉村さんも奥村さんたちも、この起伏の重なるやせた丘陵
と少ない予算のもとで苦慮していましたが、桑原幹根知事の熱意に支えられてキャンパスを実現するこ
とができました。その時、なるべく造成工事を減らしてこの自然のままの環境を保ちながら、南北方向
の尾根に講義室棟を置き、東と西に音楽学部と美術学部を置いて、将来の第3の学部も想定したキャ
ンパス拡張計画のために、北側の幹線道路に接する一体を全く手を付けずにとっておくことにしていま
した。
今回キャンパスの中を見せていただいて、新たな学内の要求がいろいろ出ていることを聞きました。
多くの卒業生の皆さんの歴史が幾重にもしみこんだ建物群は早急に手入れが必要となっており、以前
作られた駐車場のスペースには応急の規格型新校舎が置かれて駐車場が足らなくなっていました。ま
た西側の以前官舎が並んでいた広大な敷地は外部企業に貸し出され、その外部企業に作ってもらう
新女子寮を学校が借りて学生の宿舎に使わせてもらうということになっているとのことでした。こんなこ
とならいよいよ将来のキャンパス拡張計画に対処できるよう準備していた北側の敷地の出番ではない
かと痛感し、その存在を皆さんに伝えることにしました。
学内を皆さんと歩いてみると、いままでの愛芸の歴史が積み重なった建物は充分な維持修理がなさ
れておらず、我々の自宅のことならすぐにでも手を入れるものを、担当の方々がとても面倒になる修理
の仕事は避けて先送りを積み重ね、結局いたんだままの状態になっていました。特に音楽のレッスン
棟関係は早急に今の要求にかなう形で修理がされなければ、ここに通う学生達は本当にかわいそうに
思いました。
この43年の経過のなかで、厳しい予算と、タイミングのずれで、結果的に間に合わせ工事が重なり、
この環境の持つ可能性が十分発揮できないままになっているのはとても残念です。この状態でまた来
年新入生を迎えねばならないとなると、その経営が真っ先に問われることにもなりかねません。もしこ
のまま行くと、この環境を維持するどころか、応急処置の積み重ねに追われて、全く県芸としての活力
が出せないと思われました。
学内に向かう長いアプローチ脇の緑の中にたたずむ女子寮には、90人程が暮らしているとのことで、
そこに住む学生の一人は、朝起きて食堂南のバルコニーに出て朝食をとると、あたりに広がる緑の中
で何ともすばらしい時間をすごすことができると聞かせてくれました。またもうひとりの人はお母さんもこ
の女子寮にいたとのことで、部屋の収納量に驚いたと語ってくれました。是非この女子寮を修理して、
厚生施設が許されないならば新女子寮と同じ形態にしてでも、新たな新人を迎えたいものです。
学生や教師の皆さんと話していて特に思うのは、ここ愛知芸大は「合理」で押しきる他の大学と違っ
て、人間存在そのもの、そして人々の豊かな心の世界そのものと真摯に向き合う人々の場であり、す
べての風景が、現状のありのままの日々の出会いが、常にそのテーマとなって迫ってきているのを実
感させられます。
このキャンパスの時を経た建物の織りなす様々な表情や、それぞれの場を構成する種々の素材そ
のものから、いろんな発信がされています。これらは新たな建物を用意して獲得できるものではなく、こ
こに住む皆さんが生み出した財産だと思います。またこの周辺の四季折々の風景、そしてこの地をとり
まく宇宙の動きまで、直接的に迫ってきています。 ここには、今いたるところで失われつつある大地の
息吹きが存在しています。どうかこのかけがえのない環境を宝に、これから皆さんがますます思う存分
羽ばたかれるのを切望します。
いたんだところは急いで直し、付けたし、新たに必要なものは当初から用意された北側の敷地を使っ
て新たな展開を始めればいいと思います。要はいろんな先輩たちの苦楽のにじんだこのかけがえのな
い場に絶えず手を入れて、どこまで皆さんが御自分の大学として育てていかれるかだと思います。傷
ついたところはいたわってやり、不便なところは改善し、必要なものは新たに確保して、このキャンパス
を活気のある場にしていかなければ、このECOの叫ばれる時代に本当にもったいないことです。
そうすればいつでも県民の皆さんが関心を持って集まってくると思います。県民の皆さんにいろんな
かたちで愛芸の素敵な風景に親しんでもらえるのではないでしょうか。それこそが県民の皆さんの貴重
なお金を使わせていただく恩返しにもなると思います。